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【七日市の長岐邸】村長さんが眺めた景色に想いを馳せる|北秋田市鷹巣

施設・スポット

国道105号線沿いの旧・鷹巣町中心部から森吉・阿仁方面に進む途中の七日市に、代々村の肝煎(当時の村長職)を務めてきた長岐家の旧宅があります。秋田藩藩主の佐竹氏が3度七日市を訪れたという記録もありますが、その時の本陣(藩主の宿)としての役割も持ちました。

元々の私の本籍はこの辺りにあり、縁がかなり深い地域です。今は結婚して世帯が出来た時の宮城県に置きっぱなしですが、ルーツはここです。私のウチの家系図なんてものを見たことはありませんが、もしかすると直系のご先祖かもしれません。

長岐邸前の国道105号線の様子。

この近くにある小猿部川に架かる橋も、藩主が来訪された際に不自由がないようにと掛けられたのが最初だそうです。

 

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歴史~市の文化財になるまで

現在の建物が新築されたのは、1830年(文政13年)・江戸時代のことです。その年代は、家屋の屋根裏から発見された破魔矢板型の棟札等から特定されました。

屋根は今でこそ亜鉛鉄板葺きですが、作られた当初は杉の皮で葺かれ、置石で留められていたそうです。また、街道に面する西側には、化粧束・化粧梁・雲形の木鼻など特徴的な構造を見ることができます。これらの構造は、当時の秋田藩の家作禁令(倹約令の一部)から逸脱したものであります。ただ、秋田藩の本陣としての機能を持つ邸宅だったということを考えると、特例として認められたのかもしれません。

その後、当時の生活や佐竹藩の本陣を務めた肝煎屋敷の様子を伝える貴重な建造物として平成元年市の有形文化財に指定されました。その後、平成17年に土地と家屋の大部分、平成22年に文書・掛け軸などが、更に平成27年に残りの土地全てが持ち主から市に全て寄付されています。

建物内部にも農家には見られない特徴的な造りがあります。それらについては、来年の一般公開の際に見に行ってみてこようと思います。

 

敷地内の見所

街道に面する壁の内部は、庭園が広がっています。

 

コチラは長岐家11代目・長岐貞治(1849年生まれ)の顕彰碑です。

先代・肝煎の父が早世されたため、13歳と言う若さで肝煎を継ぐことになります。その後、明治12年・31歳の時に県議会議員に選出され、明治22年・41歳で七日市村長を務めることになります。ただ、明治37年に村長在任中に亡くなっています。

この顕彰碑は、県議会議員時代に県の畜産評議会委員になり、その後畜産組合長などを歴任し、秋田県の畜産業界の振興にリーダーとして邁進した功績から、貞治が亡くなった後に当時の畜産組合長が中心になって建立されたものです。

最初は、秋田市の弥高神社の境内に建立されましたが、神社の増築の為に、秋田市八橋の県畜産協議会事務所前に移転。その後事務所の移転に伴い、同市河辺の中央家畜市場へ移築。更にその後、畜産業の衰退による事務所や市場の廃止に伴い、生家である土地に移築されて現在に至ります。

黎明期からリーダーシップを発揮して、畜産の振興に力を入れてきた長岐貞治ですが、その畜産業の衰退で記念碑が生家に戻って来るのもちょっと残念な気持ちにはなります。

 

裏の丘へ

石碑を眺めた後は、更に奥の方へ。すると小さな丘があり、階段を上っていきます。

小さな祠がありました。祀られているのは定かではありませんが、長岐家の守り神だと思います。今も手入れがされており、大事にされている様子がうかがわれます。

そしてコチラが、長岐邸の裏手の景色です。紅葉の木々の隙間から広大な田んぼの様子を見ることができます。実際に村内を回ることもあったでしょうが、ここから稲の生育や村の様子を眺めていたのかなと思うと、少しノスタルジーな気分にもなりました。

 

まとめ(一般公開・イベント)

北秋田市鷹巣地区・七日市にある長岐邸を紹介してみました。

自分のルーツを辿るのも中々大変で、実際どのような繋がりがあるのかは分かりませんが、同じ苗字というだけで親近感は沸きますね。調べられる伝手を見つけてもう少し個人的に調べてみたいと思います。大館市の比内郵便局にも同じく長岐邸がありますが、こちらとも何か繋がりがあるのか興味は尽きません。

比内の長岐邸。こちらは武家屋敷の造りですが、残念ながら家屋は現存せず…

 

また、七日市の長岐邸では毎年以下の時期には一般公開が行われています。

  • GW…5月3日~5日
  • お盆…8月13日~15日

普段は邸宅内に入ることができないので、この貴重な機会を利用して見学してみましょう。

 

また、地元住民で作る【おさるべ元気くらぶ】さんが様々なイベントを企画しています。今年も10月6日には、秋田藩主が泊まった際に食べたとされる食事を再現して味わう【殿様御膳2019】が行われました。地元の料理研究家の方が、当時手に入った食材と調味料を吟味して味付けを決めています。今の様に便利な化学調味料や保存方法がない中で、手に入る中で精一杯の御持て成しをされたと思います。どの様な味だったか、是非機会があれば参加してみたいですね。

 

アクセス・住所

●住所;

〒018-3452 秋田県北秋田市七日市囲ノ内4

駐車場;舗装はされていませんが、邸宅横に10台少し停められるスペースがあります。

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コメント

  1. […] 元々、鳥潟家は代々、花岡村の肝煎(村長)を務めてきた家柄です。北秋田市で言うところの七日市村・長岐家の位置付けになりますね。とは言え、長岐家に比べて規模が非常に大きく、鉱山で栄えていた花岡村の豊かさも伺えます。 […]

  2. 長岐貴之 より:

    比内郵便局の長岐邸

    ビビタ様
    大変興味深くブログを拝見させていただきました。
    私の父の生家が現在、比内郵便局なっている長岐邸の隣の民家でした。父の苗字も長岐です。
    私も長岐と申します。
    父は昭和10年生まれで22歳から神奈川県に就職をしており、私は神奈川県で生まれ育ちました。
    私は49歳になりましたが、長岐家のルーツを検索していたらビビタさんのブログに行き着きました。
    写真の右端に写っている郵便局ですが、私が幼少の頃は父の実家にあたり、何度も寝泊まりしたことがありました。3歳の頃、真冬に訪れたときに母親が私の小便をさせるために私を抱えていたのですが、手が滑って凍りついた路面に私を落としてしまったことがあるそうで、その現場が写真の郵便局の前の路地になります。笑
    またいつか訪れたいと思っているのですが、妻子がある身になりなかなか時間が取れません。今4歳の娘にいつか比内町の風景を見せてあげたいと思っています。
    長々とすみません。ありがとうございました。

    • びびた びびた より:

      こんにちは。コメントを頂きまして、誠にありがとうございます。

      私は小さい頃は何とも思っていませんでしたが、結構読み方を間違われたり戸惑われたりする
      場面から割と珍しい苗字だということに小学生くらいに気付きました。
      長岐姓が固まっている北秋田市鷹巣に住んでいてもそんな具合だったので、
      神奈川県だと更に珍しい苗字になりますよね。

      比内にもルーツは違いそうですが、同じ長岐邸があると知ったのはここ数年のこと。
      郵便局横の中々壮絶なエピソードですが、昔ってそういうこと結構ありますよね。
      比内の町もお祭りがなくなったりと、少しずつ寂しくなってきていますが、
      外国人技術研修生が増えたりと変化が見られます。

      コロナもあり中々難しい状況とは思いますが、落ち着いたら旅行がてらいらしてみて下さいね。
      今後もよろしくお願いします。