久しぶりに北秋田市内にいて何も予定のないお休みがあったので、市内の史跡を見てみようということで、旧・合川町の鎌沢地区へ向かってみました。
ここには、【白津山 正法院】という寺院があり、北秋田市指定有形文化財【丈六延命地蔵菩薩像】(通称:鎌沢の大仏と呼ばれる彫刻像があります。
存在自体は知っていたのですが、調べてみると東北有数の規模感、そして様々な歴史や逸話があるようで、中々面白そうです。
JR/秋田内陸線・鷹巣駅を始点にすると、車で約20㎞、おおよそ30分くらいでつきます。
県道24号線をほぼ真っすぐ、空港近くのトンネルを潜り抜けて合川駅方面へ。更に上小阿仁村への合流地点に向かい、翠雲公園を過ぎたあたりに、鎌沢・雪田集落へ入る小径の案内板があるので、県道から集落へ入ります。
すると、下のような看板が見えてくるので、この道を更に入ると「白津山 正法院」の山門へたどり着きます。
ここまでの道のりの途中にも「加羅蛇仙様」と書かれた赤い幟が立っている坂道も気になるスポットでしたが、こちらは見送っておきました。まとめた記事があったのでリンク貼っておきます。
駐車場が右手にあったので、車を停めて山門前に。
山門の中には、仏法や伽藍を守護する金剛力士像が2体。
距離が近いこともあり、その迫力に圧倒されますね。目が紅いのでより力強く見えてしまいます。
口を開けている方が「阿形(あぎょう)」、口を閉じている方が「吽形(うんぎょう)」と二体が一対で安置されています。
吽形の方には、宮沢賢治の詩がありますが、こちらは奉納の際に詠まれた詩を記念して彫刻にされたそうです。
山門の先には、西暦1983年の日本海中部沖地震で亡くなった合川南小学校(当時)の児童の供養のための地蔵菩薩が祀られています。
山門をくぐった後、右手に鎌沢の大仏様がいらっしゃるお堂があります。
土足厳禁のため、階段の手前で靴を脱いで上がります。
そして、金箔に彩られた大迫力の大仏様とご対面。
このサイズ感はスマホの写真では伝わらないので、是非現地に足を運んで見ていただきたいと思います。
大きな特徴として、頭と胴で異なる木材を組み合わせて作る「寄木造り」という点が挙げられます。
頭部はクスノキで、胴部はカツラが用いられています。
また、製作者は、頭部が鎌倉時代の大仏師「運慶」の流れを組む京都の仏師・蔵之丞良慶、胴部がその弟子の同院第7世・悟山忍州和尚が完成させたとのことです。
現在見られる煌びやかな姿になったのは、平成20年の全面修復によるものです。
修復前の様子が大仏殿の中や入り口で見られます。
表面の漆の崩落や破損がひどく、これはこれで別の迫力が感じられるのですが、正直怖いですね。
大仏殿は平成19年に改築、大仏様は翌年に全面改修されて、現在の「鎌沢の大仏」が見られるようになりました。
古くから悪疫退散、長寿福禄、五穀豊穣、家内繁栄、安産育児の守護として信仰の対象とされてきた「鎌沢の大仏」様には2つの異名・逸話があります。
疫病が蔓延した時に人々がお籠りをして祈祷すると、大仏様が玉のような汗を流し、その場にいた人は誰一人罹患しなかったことからこのように呼ばれるようになったとのことです。
病気に苦しむ人々を思ってびっしょりと汗をかいていた、というお話もあり、地域に寄り添う姿が想像されますね。
もう一つは先の大戦中のお話。
出征前に兵士が祈願すると不思議と弾丸が当たらず、無事に戦地から帰ってこれたという逸話から、この別名がつきました。
ロシアやウクライナ、イスラエルと中東、台湾有事…など、近頃はどんどんキナ臭くなってきています。猛暑や大雨も頻発しておりますし、年中流行するコロナウィルスも現代の疫病なのではないでしょうか。
できれば、弾除け祈願も大仏様が汗をかいてくれることがない世の中になるのが一番良いのですが、改めて昔からの信仰を見直したい気持ちにさせられました。